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いかたけの備忘録

忘れっぽい

名古屋ボストン美術館に行った。

 

 

 

色々とあって、3連休の中日に、名古屋に行った。中日は「なかび」であって「ちゅうにち」では無い。名古屋であっても。

名古屋でどこに行こうかと思い、名古屋ボストン美術館ボストン美術館所蔵 俺たちの国芳 わたしの国貞」を見に行った。

www.nagoya-boston.or.jp

http://www.nagoya-boston.or.jp/upload/%E3%80%8C%E4%BF%BA%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%81%AE%E5%9B%BD%E8%8A%B3%E3%82%8F%E3%81%9F%E3%81%97%E3%81%AE%E5%9B%BD%E8%B2%9E%E3%80%8D%E5%B1%95%E3%83%9D%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%EF%BC%88%E5%9B%BD%E8%8A%B3%EF%BC%89.jpg

こういうポスターを見て、行ったので、骸骨オンパレードといった感じかと思いきや、そうでもなかった。内容としては、歌川国芳と歌川国貞の作品から見て取れる、江戸時代(後期?)の文化と、今のポップカルチャーを結びつけつつ紹介するといった感じ。

個人的には、できあがった作品がどれくらいの値段で売られたり(展示品の中には非売品のものもありました)、お給料がどれくらいか、売れっ子の絵師の人と、そうでもない人はどれくらいさがあるかとか知りたい。誰か研究してそうな気がする。

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これは鳥獣戯画の猫が描いてある扇子です。ナイス・センス。(言いたいだけ)

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これはいい感じのブックカバーです。切手の部分は絵ではなくて、貼り付けてあるので、背表紙の切手が剥がれないか心配。ブックカバーにカバーされてる、ブックはこれです。

国家はなぜ衰退するのか(下):権力・繁栄・貧困の起源 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

国家はなぜ衰退するのか(下):権力・繁栄・貧困の起源 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

 

 これは、たまたますれ違ったエヴァンゲリオン新幹線です。

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前日にたくさん、人間と喋って疲れたので、一人で黙々と旅行していて、黙々と展示物を見ていた。入り口で520円課金すると(入館料とは別)、音声ガイドがひたすら喋ってくれて便利。

それでは、さようなら。

ブドウ食べた。

そろそろ秋になって欲しいのでブドウ食べた。種なしのピオーネという品種。おいしかったです。

 

wzmx.hatenablog.com

果物は菓子。これ21世紀の新常識かもしれない。

ぶどう食べた。おいしかったです。 - wzmx’s diary

 夏の頃はスイカ食べていた。スイカは野菜なので、そのうち野菜の一部もお菓子になってしまうのかもしれない。

ameblo.jp

子供のころ、ぶどうがものすごく好きだった。

今ぶどうを食べてもそんなにときめかないのが不思議。

子供の頃、なすが食べれなかったけど、今は大好物になっている。なすのうまさに気づくのが遅すぎた。なすと対面すると、美味しさへの期待と同時に、昔のなすに対する態度を思い出して、申し訳ない気持ちになる。

大洗行った

アニメ作品のモデルになった街に行く、という行為をするのが15年ぶりぐらいのことで、その時はデジモンアドベンチャー(無印)の舞台を見に東京に行ってウロウロしていた。当時は聖地巡礼という単語をそういう行為に当てはめていなかった記憶がある。

大洗、普通の景色の中にキャラクターのパネルが立っている。廻っているうちに、これが普通なのかという感覚になる。

ウロウロする際には自転車使うと良い。歩きで廻るには距離があるので疲れる。商店街だけ歩いて通って、他は自転車とかが良さそう。駅で自転車を貸してくれるので、それを使うのが良い。

朝方にウロウロしていると、上空からジェット機の爆音が聞こえる。茨城空港百里航空基地)の戦闘機っぽい。

以下、写真です。

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ライフゲームbotのgif生成失敗について処置しました(してもらいました)

 

ikatake.hateblo.jp

 上記の件、処置いたしました(してもらいました)。また、GIF生成に失敗していた期間につきましても、処置後の処理にて生成いたしました。

今後ともよろしくお願いします。

文を「ネ」で締めると、オッさん感が出る。

文を書いていて、文の最後を「ネ」で締めると、オッさん感が出る。オッさん感じの由来がどこから来るのかは、よく判らない。私の場合は、父親からのメールで、「ネ」を締めに使っているのを見て、学習したと思っている。

他のオッさん、つまり私の父親以外の人が、文の最後を「ネ」にしているか、についてはよく判らない。調査をしたこともないし、そこまでの労力をかけて知ろうとするほどの問題ではないと思っている。

文の最後を「ネ」で締める例として、坂口安吾の「不良少年とキリスト」が挙げられる。これは坂口安吾が、太宰治自死した後に書いたエッセイである。青空文庫でかなりの数の坂口安吾作品を読むことができるので、読んでみると良いと思っている。

坂口安吾 不良少年とキリスト

 晩年のものでは、――どうも、いけない。彼は「晩年」という小説を書いてるもんで、こんぐらかって、いけないよ。その死に近きころの作品に於ては(舌がまわらんネ)「斜陽」が最もすぐれている。

 ※太字は筆者による。

青空文庫の記載によれば、「不良少年とキリスト」の初出は1948年7月1日である。ウィキペディアによれば、坂口安吾は1906年10月20日誕生とのことである。

坂口安吾 - Wikipedia

誕生 坂口 炳五(さかぐち へいご)1906年10月20日

以上より、坂口安吾が「不良少年とキリスト」を書いていたのは41歳との計算になる。つまり、オッさんである。少なくとも1948年には、文の最後を「ネ」で締めるオッさんが存在していたということである。

今のところ私が知っている、文の最後を「ネ」で締めるオッさんの最古の例である。文の最後を「ネ」で締める書き方が、戦前や戦中にもあったのか、が気になるところである。